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「ダットサンクーペ1500」として出品された、その車は、
翌年昭和40年4月、ギリシャ神話に登場する、清楚な乙女の名から、
「森」を意味する【シルビア】として陽の目を見た。
ダットサン・フェアレディのシャーシに、国産初の4速フルシンクロのミッション、
1600ccOHVエンジン、SUツインキャブから発生するパワーは、
90馬力。最高速165km/h。
この数値は、ヨーロッパ水準のスポーツカーを上回るとされ、大いに注目される。
特にそのデザインから、海外での評価も高く、
最も美しいカーデザインの 1台にも選ばれた。
「宝石のカット」「クリスプカット」などと呼ばれるボディデザインは、
ドイツ人デザイナーのアルブレヒド・ゲルツの指導の下、
日産のデザイン陣で仕上げられたもの。
継ぎ目の無いフェンダーなど、
当時日産系列の殿岡製作所の技術陣による、叩き出しによる、セミハンドメイド。
まさに職人技!
(現在 殿岡製作所は、メリーゴーランドなどを造るトノックスと社名変更している)
そのため、同じ外装パーツが微妙に合わず、
後の板金職人が苦労したという逸話もある。 |
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本体価格120万円は、
サニーが3台、ブルーバードが2台買えそうなほど高価!
セドリックでもDXだと97万円と
100万円を切る時代。
当時の月給が2万円とすると・・・
何年分の年収?
今現在に換算すると、
一体いくらなのだろう?
おそらくゆうに
1000万円以上だろう。
現行「日産GTR」でも及ばない
本体価格! |
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初代シルビアは、高価な価格面、ハンドメイドによる生産体制などから、昭和43年6月までの3年2ヶ月という短命で、合計たったの554台を世に送り出し、2代目シルビアの登場まで、7年間
絶版となる。
商業的に失敗したというより、初代シルビアは、当時 日産の「イメージリーダー」だったのかも知れない。
シルビアは、一旦絶版した後、脈々と7代目まで37年間に渡って、車系を辿ったが・・・平成14年、惜しまれつつ2度目の絶版となる。
歴史を刻んだライトウェイトスポーツが、また1台消えた。 |
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