 |
 |
昭和29年4月
東京は日比谷公園において、第一回【全日本自動車ショー】が開催。
現在のモーターショーの前身である。
戦後10年が経とうしていた・・・
しかし自動車は、庶民にとって夢のまた夢。
政府は「国民車育成要綱案」を発表。
がんばれば手が届く価格の車、大人が4人乗れて走れること、そして小排気量。
まぁ内容は大まかに言って、こんな具合だったが。
この発表にプラスし、
昭和29年には「道路交通法」の改正で、「軽自動車」のカテゴリーが確立。
雨後の筍のように大小メーカーが乱立。
続々と軽自動車を発表。
今となっては幻の車達も、その頃の産物である。 |
 |
 |
|
 |
 |
 |
その中にあって富士重工は、
卵型の可愛い軽自動車を、
昭和32年に 発表し
瞬く間に大ヒット。
そのフロントマスクの意匠から、
「デメキン」の愛称がある。
その後商用としての「カスタム」。
フルオープンの
商用「コマーシャル」。
ソレックスツイン搭載の
スポーツバージョン、
「ヤングSS」など
バリエーションを派生。
昭和44年に「R−2」に
バトンタッチするまでに、
約50万台のベストセラーとなった。 |
 |
現代でも通用する、その容姿。
多くのファンの心を放さない風合。
もちろん現行の軽自動車には、
性能面でかなわないけれど、
それを差し引いても、
余りある魅力を、
スバル360は持っている。
そうでなければ、
絶版になってから、40年が経過
しようとしているのにもかかわらず、
多くのスバルファンが、
今持って大切に
維持し続けているのだから。 |
 |
 |
|
|