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| トヨタ トヨペット コロナバン 希少バンタイプ RT46V型 1500cc |
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人間は、争いごとが好きな生き物のようである。
今から40年前の自動車業界も
争いの真っ只中だった。
特に有名なのは、【BC戦争】と言われた
「日産ブルーバード」と「トヨタ・コロナ」が
繰り広げた熾烈な販売競争だ。
戦前から続く日産のダットサン系に
何とか食い込みたいトヨタは、
昭和32年初代ST10型コロナを世に送り出した。
その外観から通称は、
「だるま」・・(セリカじゃありません)
しかしダットサン110・210を相手に健闘も、
むなしく撃沈。
起き上がれない「だるま」さんだった。
その後2代目20系コロナも
ボディ剛性の難などが取り沙汰され、
どうしてもダットサン〜ブルーバードの
ライバルとなり得なかったのである。 |
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強い日産、弱いトヨタのイメージは
なかなか払拭されない。
営業車も好んで日産車を使用する始末。
軍配は常に日産の頭上にあるかと思われた。
しかしこの驕りが後の日産に
とんでもないダメージを与えることになるとは、
誰も予想だにしなかった。
昭和39年東京オリンピックに沸いたこの年に
3代目「RT40型」コロナが登場。
すでに開通していた「名神高速」において、
連続10万キロ走行テストという
当時としては破天荒な
デモンストレーションを実施。
弱いトヨタのイメージを回復し、
トップに君臨するブルーバードを撃沈するために
世に送られた3代目が
今回ご紹介する現車である。 |
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「コロナ」とは太陽の周りに見える
淡い冠を意味する。
3代目においては、
その形状から「アローライン」と呼ばれ親しまれた。
それまでのイメージを払拭した剛健なボディ。
40年の時間を経ても走り続ける強いエンジン。
ある意味、
ブルーバードの本当のライバルになり得たのは、
この3代目からである。
同時期、410系のブルーバードを
送り出した日産であったが、
イタリアンカロッチェリア、ピニンファリーナの
尻下がりのデザインが
当時の日本人の感性に受け入れられず、
ここで初めて
コロナがブルーバードを打ち負かした。 |
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このRT40は、海外でも人気を博し
「フォルクスワーゲンにつぐ
世界第二位の販売実績」
と言われた。
コロナは時代が平成になっても
脈々と受け継がれ、
コロナ・マーク2、コロナ・エクシブ、
コロナ・プレミオなどに派生して行くが、
ごく最近40年にわたる生涯に幕を閉じ、
絶版となった。
強い日産は「技術の日産」の
キャッチコピーにも表れたが、
技術を前面に押し出している日産に対して、
トヨタは、細部に渡っての造りこみを意識し、
「痒いところに手が届く」
より日本人受けする車をラインナップし、
不動の地位を築き上げて行った。
コロナこそ、世界のトヨタとなる、
試金石だったのかも知れない。 |
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さて、現車を見てみよう
3代目のRT型コロナの商用タイプである。
とにかくこれは希少だ!
当店でも初めての入庫。
というより、旧車屋@親父もビックリした(笑)。
運転席シートに切れ、ボディ下にサビがあるが、
41年前の車体と考えると、
商用車として、よく残存していたと感心せざるを得ない。 |
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RT40コロナの乗用は、
今もイベント会場等で見かけることもあるが、
こと、商用となると、まずお目にかかれないのが現状だ。
記録簿が揃わず、確証を提示できないので、
表記はしないが・・・
自賠責保険の登録ナンバーなどが推察するに、
ワンオーナー車を、その後車屋さんの名義にした、、
そんな感じがする。
いずれにしても、
未再生で原型を留め、
41年という年月を過ごしてきた
RT46Vに敬意を表したくなる。
21年4月まで車検が残っているので、
とりあえず継続し、「4」ナンバーがついているが、
NOX規制地域のお客様には、
一旦ナンバー抹消後、
中古新規登録にて、「5」ナンバーワゴン登録も可能。
つまりナンバーに拘らなければ、
全国どこでも登録納車が可能ということである。 |
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昭和の時代・・・
今と違って、家族でおでかけというのも、滅多になかった。
当時のお父さん達は、きっと忙しかったのだろう。
だから家族で過ごす時間も少ない分、
ひとつひとつの記憶が、子供たちの脳裏に鮮明に刻まれたと思う。
この旧車屋@親父も然り、、
セピアカラーになってはいるが、
親父と過ごした、家族と過ごした、、「あの時間」を忘れない。 |
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こういう記憶こそ、
今の時代が忘れてしまっているモノかも知れない。
ピクニックなんて響きも、昭和然としているが、
このRTコロナのエステートで、
おでかけなんて洒落込むのも、
時代に逆行していて良いだろうと思う。
「いっしょに過ごす時間」 なんていうのは、ごく僅かだろうから。 |
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